派手に転んだとき、真っ先に飛んできて手当をしてくれたのはあの人だった。
もう子供じゃないから、と包帯も消毒液も取り上げ
消毒液を傷口に垂らした時の、妙な痛さから跳ねた肩を見て
小さく笑ったあの人の顔を忘れられない日もあった。
あの人が睨みつけた先に居た”大空翼”が何よりも眩しく見えた日もあった。
東邦に食らいつき、それでも旗に手が届かなかったあの日。悔しそう肩を震わせるあの人の姿を目に焼き付けた日もあった。
誰よりも尊敬して、誰よりも愛したあの人を
俺は憎まずにいられなかったのは、道理なんだろう。
悔しくて、憎くて、引き摺るようにあの人の正体を知るその日まで忘れられずにいたのは
きっと、愛憎故の、感情なんだろうか。
RJ7の正体がネタばらしされたその日。
浦辺もまた素直にその合宿から去るために準備を進めていた。
皆の為にと買って出た事ではあるが、やはり新田の視線が痛かったのはどうも誤魔化しきれなくて
仲間から騒がれ、松山にはなんだか同情されてしまい
睨みつけてくる新田は俺に声をかけることもしないまま…。
こうして全てを終えてしまったのが、なんとも言えない。
新田とまともに会話したのはあの試合ぐらいなもので、結局は避けられ、逃げられ、飛び出していったアイツに
俺はなんと話しかければいいか分からずにいた。
小さなノックが2回。誰だろうか。
弓倉あたりが一言声をかけに来たか。そう思い、後ろも確認しないまま、大声で入れよ、と返事をする。
扉が開く音、そして豪快に閉まる音。
その音に驚いて振り向いた先に居たのは、新田。
「浦辺さん。」
「な、なんだ、新田か。…何だ?別れの挨拶ってガラでもないだろ。」
「そうですね。ですから、蹴っ飛ばしに来ました。」
「え゛っ!?」
「アンタを蹴っ飛ばしにきました。冗談でも何でもなく。」
「ま、待て。話せば分かる。」
新田の表情は読めない。俯きがちに呟かれた言葉はどこか弱々しくて
でも本気だとも思えて、俺は咄嗟に身構えた。
「話しても分かんないでしょ。アンタは。」
「アンタは本当に、何処まで…。」
「RJ7の件は俺なりに考えた末だから。ちなみに豆腐屋は継ぐから。サービス券やるから、穏便にだな!?」
身構えたままの俺に対して新田は顔を上げる。
そして、少しの沈黙の後、口をゆっくりと開いた。
「毎回、試合見に来てください。それで許します。」
「全部、見に来い。俺がアンタ達を…アンタを倒すために得たものを、目に焼き付けに来てください。」
「それで、俺がどれだけ強くなったか嫌というほど覚えて帰ってください。」
「アンタを憎んで、憎みきれずに…このチームのために、アンタを見返すために、俺がした事を…そして俺のために協力してくれた後輩に全部報告してください。」
新田の目に強い光が宿る。
泣きそうな顔をして、でも泣くことはせず。
南葛高校のキャプテンとして。そして、何より日本代表として誇りを持ったその表情は
あの時俺を睨みつけていた存在とはかけ離れていた。
「分かった。その約束守ってやるよ。」
「んで、全部終わったらまた俺ん家来い。」
「そんときに、もっかい腹割って話そうぜ。」
その時話す言葉はきっとーー。
お前と同じ感情なんだろうけど、それを言わないまま誤魔化すように笑ってみせた俺に
新田が選別代わりに投げつけたコーヒー缶が的外れに頭に当たって小さく悲鳴を漏らしたその姿に
他のRJ7メンバーが穏やかな目で見つめていたのを暴露されたのは、RJ7解散後、皆で試合を見るために集まった際の事だった。