俺には言えない秘密があった。
実に単純で、みにくい秘密だ。
その秘密をずっとずっと、ひた隠しに来てきた。
今、その秘密と俺は対峙している。逃げることも叶わないこの部屋で。
…目の前にいるこの長身の男の前で、服を脱がなきゃならない。
俺の秘密となり得た、男。「坂木優二」の前で。
「いいぞ、岡野。脱がなくても。恥ずかしいだろう」
「うるさい。脱ぐよ。だからお前もさっさと脱げ!」
「し、しかし…」
「やれることはやり尽くした。じゃあ、もうこれしかないだろ!?」
数時間前に俺たちはこの部屋に拘束されていた。
実際はベッドの上寝ていただけなのだが、扉も窓もけして開かなかった。
出入り口となる扉の真上に掲げられた看板には「裸で抱き合わないと出れません」とだけ書かれていた。
二人で顔を見合わせたが、すぐさまその部屋の隅々まで脱出のヒントを探し、扉を叩き、窓を叩き、大声で騒ぎ、ありとあらゆる手段で暴れ、それが無意味であることを知った。
そして、俺は「坂木優二が好き」という秘密を抱えたまま、服を脱ぐに至ったのだ。
俺は、こんなところでジッとしていられないタチだった。
それに、コイツとずっと二人きりでいたら、秘密が漏れてしまうかもしれない。
アイツの優しさに漬け込んでしまうかも、しれない…。
それが怖かった。怖いから、俺は恥ずかしさをとった。
俺という男は韋駄天として走り回り、ただのチームメイトとして終わるべきなんだ。
だから、服を脱ぐ。何を言われようとも。
まずは上着。上半身から脱いでいく。
こんなのは簡単だ。いつも見せてる。けして恥ずかしくない。
次に、ズボン。まだ平気だ。こいつの前で何回も着替えた。
そして、靴に靴下。まだ、大丈夫。
そして、最後に下着。…少し恥ずかしい。
ここ最近風呂だって一緒に入るのを避けてきた。吉川あたりに茶化されたが、弓倉がフォローしてくれるので、平気ではあった。
…避けていたのは、単純に自分の貧相な身体を見せたくないというか、変に意識するというか。
とにかく、自分が「男が好き」「しかもチームメイト」なんて事を他に…いや、コイツに知られるのが嫌だったから。
躊躇している俺に対して、坂木は俺の上着をふたたび肩にかけてくれる。
そして、無理するなと一言優しく声をかけてくれる。
こいつの優しさが、俺の秘密を加速させるのに。
きっと気持ち悪がってる。男がこんな女々しい態度でいたら、きっと幻滅される。
俺は相手の手を振り払い下着に手をかけそのまま一気に下ろして全裸になった。
消えたくなりたいのを懸命に我慢して坂木に「お前も脱げよ」と、ただ一言返したのだ。
「あ、あまり、ジロジロ見ないでくれ。恥ずかしい」
坂木も恥ずかしながらもなんとか全裸になった。
最初のころは平気だった相手の裸も、今は妙にきれいに見える。
けして綺麗ではないのだが、長い脚に似合わず鍛えられた身体は、その優しげな顔と更にギャップを作り出し
なんだか、石膏の像を見ているような…そんな気分だ。
「よし、坂木。覚悟を決めろ。気持ち悪いかもしれないけどな」
「あ、ああ…。…いいんだな?」
「くどい!…ほら!」
坂木はやはり躊躇して自分に触れようとしない。
そんなに俺の身体は気持ち悪いのか、それとも単純にこの行為が気持ち悪いのか。
どちらにせよ…早く抱きついて終わらせてやろう。
そう思いこちらから容赦なく抱きしめに行く。
……。抱き合ってしばらくした後とりあえず離れて、まずはドアの確認に行く。
開いていない。…なんでだ!?抱き合ったのに!?恥を偲んだのに!?
俺は怒りのあまり扉を蹴った。全裸で。
しかし扉はやはりビクともしない。
坂木が慌てて俺を止めに来る。何度も扉を蹴る俺に少し強めに声をかけてきた。
「やめろ、岡野!お前の大切な脚が怪我でもしたらどうする!」
「お前の俊足が俺たちには必要なんだ。だから、やめろ」
俺は泣きそうだった。
こんなこと言われて、好きな人に止められて、恥までかいたのに出れない。
こんなことあるかよ!怒りながら今度は相手に八つ当たりするように強く抱きついてそのまま押し倒す形を取る
ああ、もうどうにでもなれ!出れないなら一緒だ!どうせ死ぬんだから!
「俺は、お前に裸なんか見せたくなかった!」
「お前に、こんな姿見せたのに、扉が開かない!」
「俺がどんな気持ちで、好きなお前の前で脱いだと思ってるんだ!なのに、なんで開かねぇんだよ!」
馬鹿野郎!と涙を流し叫ぶ俺を、坂木は強く抱きしめてくれる。
慰めのつもりかよ!そんなの必要ないのに!
坂木が一言、俺に言葉を告げる。
その時、俺は目を見開き、漏れる涙を更に増やした。
坂木はただ、俺を強く抱き寄せて、何度もその一言を囁くように教えてくれる。
「馬鹿野郎…!あとで、嘘だって言ったら蹴っ飛ばす!」
泣きながら抱きしめ返す俺に祝福の砲を鳴らすように
わざとらしい解錠の音が部屋の中に響いたのだった。