呆然とした顔で弓倉がつぶやく。
「お前、この字読めるか?」と。
俺は素直にうなずいて見せるが、正直読めないほうが嬉しかったかもしれない。
まったく開かない扉の真上にある看板は、ただ一句。
『イチャイチャしないと出れません。』とだけ書いてあったのだ。
「イチャイチャしないと…出れませんかぁ」
「イチャイチャ…」
二人で顔を見合わせてみるものの、ピンと来ないのが本音だ。
俺たちは名目上少し付き合いが長い。その話は今はしないでおくがいわゆる「イチャつくカップル」というモノでもなかったからだ。
弓倉はひたすら悩んでいる様子だし、瞳に戸惑いの色も見せている。
俺としても恥ずかしさが先行してどう行動すべきかを考えている有様だ。
…いや、深く考えなくてもいい気がする。要は「イチャイチャ」すればいいだけのこと。
とりあえず、弓倉の首に腕を回して無理やり抱き寄せてみる。
弓倉が一瞬硬直して、そのまま一気に顔を赤くした。
あ、と声を漏らすと同時に弓倉に肘鉄を食らって、俺達はそのままベッドへ雪崩込んだのだった。
「いきなりはやめろよ!驚くだろう!」
「スマン。イチャイチャしろって言うから、とりあえず抱きしめとくか、と思って」
「そういうのはまず同意を取れよ!」
「嫌だったらもっと文句言うくせに」
「…お前のそういうトコ、嫌いだ」
結局その肘鉄一発だけで許してもらえたらしい俺は
弓倉を抱き込みながらベッドの上ぼんやりと会話を続ける。
弓倉の顔がどうなっているかなんて見たくないから(正直予想がつくのもあるが。)
顔をあげたまま話している。きっとむこうもそれを望んでいると思うから。
不意に弓倉が体を起こす。 流石に暑くなったから逃げたくなったか?と少し不機嫌気味に顔を下へ向ければ
そのまま顔が近づき、そっと唇を塞がれる。
…ちょっとしたいたずら心だ。そのまま触れた唇に吸い付いて、わざとらしく音を立ててキスを深める。
頭に手を添えて、深く深く口付けたあたりで、抵抗のサインを示した相手に小さく笑って唇を離した。
「それで俺に勝ったつもりかよ。」
「っ…ふざけるなよ、リョーマ!」
「ふざけてなんかねェよ。」
そう言って今度はアイツに覆いかぶさって、何度もキスを落とす。
顔を赤く染めて、抵抗するように身を捩るくせして、足は使わない。
お前はそういうところがあるよな。
扉が開く様子もないし…このままもっと深くに雪崩込んでしまっても…なんて考えていたら
ガチャン!とわざとらしい解錠の音が響いた。
その刹那、弓倉の肘鉄がまた俺の腹に炸裂したのは、ここだけの話だ。