ローカル番組に出ていた事を今更思い出した
RJ7が乱入した日の夜のこと。
早田は賀茂監督の言葉に戸惑いつつも、売られた喧嘩は買うつもり、と荷物を纏めていた。
しかしどうも引っかかるところがあった。
メンバーの中に一人、どう見ても関西人がいる事だった。
本人はめちゃくちゃな発音の標準語…いや、最早関西弁しかもかなり大阪訛りの強い言葉を喋っている。
名前は吉川晃司。フィールドの詐欺師と大々的に名乗り、その名前にふさわしいペテンで俺たちを圧倒した。
しかし、試合が終われば一気にただの愉快な兄ちゃんに早変わり。
退去を宣告された俺達以外にはひどく馴れ馴れしく絡んで、あげくにおすそ分けとこれまたわざとらしいほどの東京土産を配っていた。
他のメンバーも面食らった様子で見つめ合ってはいたが…。
本人曰く「騙すにしてもそれはあくまで試合の中だけ。普段は切磋琢磨するライバルで十分だ」と言い切った。
勿論そんなのを認められるような人間は現時点では誰も居ない訳ではあるが
その土産に罪はないと受け取って食べている者が大半だった。
付かず離れずのような態度で、しかしながら表情は何処か読めない。
早田の中でこの男の真意も本音も読めないでいた…が。
何処かで見たことがある顔をしているのである。
いや、厳密には見たかもしれない、の範疇ではあるが。しかし覚えがどこかにあるのだ。
いや、絶対見たことがある。多分。きっと。
早田という人間はDFでありながらエース殺しという物騒な別名を持つほどの攻撃性を持った男であった。
彼の勘、そしてエース殺しの攻撃性が何故か彼の正体を見極めようと何度も警鐘を鳴らすのだ。
……見極めたところで、自分はここに居られないと言うのに。
「おい、そこのお前。」
「はいはい、なんですかいな…ってあんさんかいな。」
「なんや、追い出されたやつには興味無いってか?」
「当たり前やろが。次引きずり降ろされるのは俺たちかもしれんのやぞ。仲良うできんわ。」
「意外と臆病なんだな。」
「繊細と言うてほしいわ!」
淡々と続く掛け合い。
大阪出身の早田にはよく分かる、大阪の人間の独特なテンポ。
やはり、こいつどこかで…。
しかし思い出せないのだ。喉元まで出てきているというのに。手を入れて引っ張り出したい。
それぐらい結構出かけているのに。
吉川の様子は比較的普通に見え…脚が僅かに震えている。
…本当に自分たちが下剋上されると思っているのか?
大胆なほどに自分たちをペテンにかけた割に、けして隙を見せるつもりは言いたげの瞳。
今、ここでコイツを睨んだとしても何も変わりはしない。
しかし…コイツをひっくり返す力を持っていないのも事実だ。
悔しかったので、最終手段に出ることにした。
「吉川さーん、いちたすいちはー」
「にー♡って!おい!何撮ってんねん!金取るぞ!」
「妹に色男おったわと言うて見せますさかい」
「めちゃくちゃ棒読みやないか!消せよ!けさんと訴えて勝つど!」
「おー、怖。それじゃ負け組は退散しますわ。さいなら。」
「いやマジ消してや!?マジやど!?マジ消してや!?」
吉川の訴えを無視して用意しておいた携帯を胸にしまいこむ。
最悪中西達にこれ見せたら誰か分かるやろ。
早田は開き直って身内に頼る作戦へ変更した。
「ああ、覚えてるで。この男、この前8チャンでたこ焼き焼いてたわ。」
「何ィ!」
特訓のために帰ってきた大阪で、久方ぶりにあった中西と喫茶店でコーヒーを飲みつつ写真見せた。
そして、帰ってきた言葉にコーヒーを吹きかけた。
中西は淡々と答えた後、頼んでいたケーキにフォークを静かに刺しこむ。
「めちゃくちゃ器用に焼きよるねん。しかもなかなかの腕前と見た。」
「テレビに出れる程の存在…コイツまさか…」
「芸人やないで。ちなみに。」
「違うんかいな!」
「違うで。コイツは…。」
プロのサッカー選手や。
ケーキを頬張りつつ答える中西に早田は目を大きくパチクリとさせる。
「…いや、プロサッカー選手がなんでたこ焼き焼いとるねん。」
「得意料理聞かれて、たこ焼き言うたから。」
「なるほど…ってなんで焼かされとんねん…。」
「ちなみに一年前ぐらいの再放送やったで。…つまりはそういう事やろ。」
ああ、だから見覚えがあるのか。
早田は素直に頷き、コーヒーの残りを一気に流し込む。
少しながらスッキリした反面、そこで疑問が再び湧いて出てきたのだ。
その疑問を解決する術は…一つしかない。
机の上にコーヒー代をおもむろに置いて挨拶もそこそこに早田は店を出たのだった。
ローカル番組でたこ焼き焼いていたのを今更思い出した
「吉川晃司…いや杉本高史。」
「げぇーっ!!!なぜ、その名前を!!」
「いや、お前めちゃくちゃフルネームでローカル番組に出とったやないか。」
「げぇーっ!!!…って、そうやったかいな。」
「そうやったわ!!おかげさまでお前の事を忘れてたけど思い出せた。」
「だからコッチのことめちゃくちゃガン見したりしとったんかいな。」
「てっきりワイのファンかと思って身構えとったのに!…ちゅうのは冗談で、やっぱそれなりに有名やねんなぁ、俺も。」
「いやめっちゃローカルな上に再放送やから。有名でもないからな。」
「うっさいわい!」
ローカル番組に映し出されていたテロップには期待の新人、なんて書かれていたけれど。
この男の場合、期待の新人ちゅうより埋もれてた奇才ではないだろうか。
そう思う早田の肩に腕を回して杉本はケラケラと大きく笑ってみせた
「今度、たこ焼き焼いたるさかい顔出せや。お前の住んどるトコは分かるしな。」
「いやなんで知ってるねん!」