SGGK
とある夜の事。 森崎は妙な寝苦しさに目を覚まして一人合宿所のロビーへと足を運んでいた。
シンと静まり返るその部屋は自動販売機と非常出口のライトだけがぼんやりと光を放ち、なんとも不気味な雰囲気を醸し出していた。
森崎は古ぼけた革張りの椅子に座り、小さなため息を一つ、落とす。
RJ7がやってきたあの日。自分の不甲斐なさに肩を震わせ、この合宿から旅立っていった仲間たちを見送った日のことを森崎は何度も思い出していた。
自分は若林さんや若島津のような才能は無い。けして優秀なゴールキーパーでは無いだろう。
南葛高校で精一杯やってきたが、自慢できるような結果も出せたわけではない。
それでも、誇りは失わずに戦い続け、この合宿にも参加できたのだと信じている。
しかし、今の自分は本当に必要なのか?不安すら覚え、その感情を誤魔化すように脚を小さく揺らす。
本当なら自分はここで気持ちを強く持たなくてはいけないのに。
ここに残ることになった松山や他のメンバーと同じように励み、支え合って戦わなければならないのに。
未だ帰らぬ翼とともに戦う為に奮い立たなければならないのにーーー。
思い詰めるように両手を組んで、不安と戦うように目を閉じる。
こんな時、若林さんならどうするのだろうか。
こんな時、若島津ならばどうやって立ち向かうのか。
けしてなれない存在の思考を追って、苦しげに眉を寄せていた、その時だった。
不意に背後から肩を掴まれる感覚に森崎は一気に現実に戻され、視線その手の持ち主へと向ける。
「…君は…。」
「ミシェル山田。山田とでも呼んでくれ。…君は森崎、だったか。」
「そ、そうだよ、…こんばんは。こんな時間にどうしたんだい?」
「君が思いつめてるように見えたから、心配になってね。」
軽い会釈と言葉をかわした後、気まずそうに目をそらした森崎を見て、山田は少し離れた椅子へと腰を下ろした。
「賀茂監督の事、恨んでいるか。」
「恨む…とは違うんだ。ただ、戸惑いが強いんだ。」
「そうか。…俺たちが言えた義理ではないが…、考えなしに追い出した訳ではない。それは分かって欲しいんだ。」
「……それも、分かってはいるんだ。ただ…。」
「ただ?」
「日向や岬、主力となり得る皆が散り散りになって…。他のメンバーだって今の特訓にヘトヘトになりながらついていっている。」
「本来主力として選ばれるはずだった若島津はいない。…若林さんだっていつ参加できるかも分からない。」
「そして、君という存在を知った今…。俺はどうすべきか、分からなくなって…。」
「……おかしな話だな、森崎。何故、若島津が主力として選ばれるはずだった、なんて決めつけているんだ?」
「君はなんの為に此処に居る。」
「それは…。」
ぽつりぽつりと話し始め、不意に漏らした不安の言葉に対して山田は真剣な表情で森崎を見つめていた。
勿論自分が主力に選ばれる可能性もあるかもしれない。
けれども、それ以上にあの二人の能力がずば抜けている事も理解していたからこそ漏らした本音。
それを一蹴して、山田は言葉を続けた。
「君がここにいる理由は、けして若島津や若林のバックアップの為でも、噛ませ犬になるためでもない。」
「南葛高校のゴールを守った守護神として、このチームで世界を戦い抜く為に来たんだろう?」
「若林も若島津も素晴らしい選手だろう。…けれど、君もまた素晴らしい選手なんだよ。森崎。」
「俺は君という素晴らしい選手から正ゴールキーパーの座を奪いたいと心から思ってるんだ。」
「俺は正ゴールキーパーじゃない。…若林さんも若島津も居ない今、自動的にこうなっただけで…。」
「賀茂監督はちゃんとした目を持ってる。…誰も居ないからそうしたのなら、あの人は何処からかゴールキーパーを連れてくるだろう。そして、君をかんたんに追い出すことすら平気でやる人だ。」
「だがそれをしなかった。鍛え上げて、俺と競ってほしいと願ったんだ。…前を見ろ、森崎。君の力を君が見誤るな。」
「………。」
「…少し話し込んでしまったね。俺は寝るが、君はどうする? 」
「もう少し、ここに居るよ。」
「そうか。明日に響かない程度にするといい。それでは、おやすみ。」
椅子から立ち上がり、ゆっくりと闇の中へ消えていった山田に対して、何も言わないまま森崎はぼんやりと光放つ自動販売機を見つめていた。
自分がここに居る意味。 自分の力を見誤るな。…高校生活で得た実力と、南葛高校の守護神として誇りを持ってここにやってきた日のことを思い出して、森崎はゆっくりと目を閉じた。
「……不安になる必要なんてない。今やれる事をやればいい。」
若林さんが帰ってくるその日まで。若島津が帰ってくるその時まで。
いや、たとえ二人がチームに加わったとしても。
その二人を押しのけ二人を使わなくてもゴールを守りきれるほどの実力を身に着けてみせる。
そして、ミシェル山田と、相まみえるその時を。
ゆっくりと目を開き、椅子から立ち上がる。
明日もまた戦い抜くために、彼は部屋へと戻っていったのだった。