愛を囁くお前の背中が愛しかった
二人の初めての住まいは、とあるアパートの1K、男二人にはあまりにも小さな部屋だった。
立地良し、アクセス良し、秘密の二人暮し。そんな二人の条件に合うものが、生憎此処しか無かったのだから、仕方ないとお互い慰めあったのが昨日の事のよう。
気づけばもう半年もこんな狭い部屋で、仲睦まじく暮らしている。
低い天井も、狭い布団の中も、小さな机いっぱいに拡がるおかず皿も、小さなユニットバスを交互に使うのも、割と悪くない。
手を伸ばせばすぐ捕まえられる位置に相手が居て、小声で名前を呼ばれたって気づく場所に俺が居る。
こういうのが幸せって呼ぶのか、なんて柄でもない事を考えながら眠る夜。
そういえば今日はよく冷える。窓でも閉め忘れただろうか。
そんな事を考えながらゆっくりと目を閉じた。
…………ゴソゴソと布団の中を動く奴がいる。
誰だろう?いや、誰かなんて分かってる。弓倉だ。
きっと寒いんだろうな、昨日寒かったもんな。こっち来いよ。
手繰り寄せるように手を伸ばすと、あのサラサラとした髪とは全然違う、ふんわりとした感触。
ゆっくりと目開けて布団を捲る。
「みゃ」
「……あれ?」
白と黒の斑模様の猫が目を細めたまま此方を向いて小さく鳴いた。
「弓倉?おい、弓倉!……宣之!この猫なんだ!」
「みゃ」
「いや、お前は呼んでねぇよ猫ちゃん、俺が呼んでるのは弓く…ら…」
「みゃ」
「……まさか、お前……弓倉なのか?」
「みゃ」
無意識に猫の背中を撫でながら、恋人の名前を呼んで様子を見ていたところ、まるで猫自身が弓倉だと言わんばかりにタイミングよく鳴きやがる。
よく見たら斑模様が弓倉の髪型のように見えなくもない。
それにこの猫はとてもキレイな顔立ちだ。
野良にしては柔らかできれいな毛並みだし、何処か賢そうにも見える。
……俺は日本で言う”ヨウカイ”とか”モノノケ”が居ないことをニンジャ捜索の折、RJ7の皆に教えてもらったから、もう信じてはいない。
が、それでも信じるしかない展開がここにある。
つまり、弓倉は猫だったのだ。人に化けるタイプの猫だ。
そういえば、猫っぽい所、あったよなぁ。
ツンケンしてる所とか、魚とか綺麗に食べるし、髪の手入れもとても丁寧だ。
背中に爪立てるときあるし、拗ねると顔を合わせてくれない。盛るときもあるし……。
上げだすとキリがない。けれども、それでもアイツの性格なんだと納得していた。
「お前、猫だったのか。今まで隠してたなんて、水臭いぞ」
「みゃ…」
「最初に言ってくれれば、ペット可も含めて部屋探したし、もっと喜ぶこともしてやれたのに」
「みゃ」
「……まぁ、いいか。寒くて変身が解けたのか?なら、暖めればまた人間に変身するかな」
可愛らしく鳴いて返事する猫を抱き上げてみる。
少し軽い、けれども美しい肢体。目の色は鮮やかな青色。
綺麗だな、と一言褒めて鼻先にキスを落とす。
喉を小さく鳴らしてキスに返事する猫の弓倉に、一言愛してるぜと囁いてみる。
そのまま視線をゆっくり落としていけば、自然と股間に目が入った。
「……お前、雌だったのか!?」
「んな訳あるか。というか人を猫にするな!」
「猫ちゃんが喋った!???!?」
「馬鹿かよ!後ろだよ、後ろ!」
猫に対して爆弾発言をしていた所に聞こえた懐かしい声。
後ろを向けば、いつも見知った顔の男が一人。
右手にはコンビニでよく見る薄手のビニール袋、見える色合い的に缶コーヒーとパン…だろうか。
しっかり着込んだ様子を見れば、どう考えても買い物に行っていたのだろう。
俺は抱いていた猫を布団へ落とし、落ちた猫は不機嫌そうにみゃあ、と鳴いてから、弓倉の足元へ擦り寄る。
…………詐欺だ!俺は本気でコイツを弓倉だと信じていたのに……。
何処まで聞かれていたんだろう。愛してるぜ、って猫に言ってるの聞かれたとかなかなかに恥だぞ。
俺はこれでも犬派だ。大型犬と暮らす生活を望んでるんだが。
「お前、昨日窓閉めずに寝たろ。だから猫が入って来たんじゃねぇの」
「だからやけに寒かったのか…」
「此処は二階とはいえ、エレベーターもないショボいアパートだぞ。猫ぐらい余裕で入ってくる。…お前、なかなか可愛いな。」
「って、何、抱っこしてんだよ」
足元で甘える猫を抱き上げて、指先で喉をくすぐり可愛がる弓倉に対して俺は探りも兼ねて問いかけてみる。
その様子を見て、ニヤリと悪い笑みを浮かべ猫の鼻先に軽くキスを落とす
「暖めれば人間になるかもなぁ、俺じゃなくて可愛い女の子かもしれないけどな」
「おま、何処まで聞いてたんだよ!」
「さぁね、でもお前でもそんな甘い台詞吐けるのが意外だった」
「全部忘れろ!ペット可のマンションも探さねぇし、猫ちゃん相手に愛を囁いてたことも!」
「はいはい。ほら、お前は外へ帰んな。ここペット不可なんだ、ごめんな」
弓倉は抱っこしていた猫を窓際へ下ろし、少し開いていた窓を通りやすいようにもう少しだけ開く。
そして優しく外へ帰るように猫に促した。
猫はみゃ、と小さく鳴いて返事をしたあと、スルスルと滑らかな動きで外に出て、風のようにあっという間に走り去っていった。
「動物はなぁ、タダでさえでかいのを飼ってるから、ちょっと世話が大変だ」
「でかいのってどういう意味だよ」
「そういう意味だよ!ほら、手洗って朝飯にしようぜ」
「俺を猫と同じレベルで見るな!」
窓を閉めて、二人して狭いシンクで手を洗って、朝食へ取り掛かる。
食事をしながら、改めて弓倉に何処から聞いていたか聞いてみた。
相変わらずはぐらかしてパンを齧るから、鼻先にキスを一つ落とし、愛を囁く。
そうすれば、顔真っ赤にして馬鹿野郎、と睨むもんだからなんとなくどこから聞いていたのは分かった。
「次引っ越す時は犬でも飼おうぜ!一緒に走れるし、世話しやすいと思う!」
「いやだから、俺はペット飼うのはヤダよ」
「俺は飼いたい!犬な、犬!でっかいの!」
「俺はお前の世話で手一杯だよ!」
こうして楽しい一日がまた始まる―――。