夢は続く
目が覚めたって、夢は続く―――。
未だにこの狭いアパートで二人暮らしている。
二人の年俸を合わせればもっと綺麗で、もっと広くて、もっと快適な部屋を買うこともできる。
なんなら一軒家を建てることだってできる。
でも、最初に二人で選んだこの部屋を俺達は愛していた。
だから、こうして身を寄せ合うようにしか眠ることのできないベッドで眠るのは苦痛じゃなかったし、交代でしか入れないユニットバスも嫌いじゃない。
ただ、一つ不満を持つならば……。
喧嘩した時、怒りを持ち出せる場所が外しかないというのが、大いに不満だ。
というのも、俺はリョーマと大喧嘩して逃げるように近くの公園まで飛び出していた。
大声で喧嘩したら二つ隣の住人にも筒抜けになってしまうし、暴れりゃ下の階にもガンガン響く。
安くて古いアパートゆえの苦悩。顔だってそれなりに売れているわけだから、ちょっとした痴話喧嘩だって雑誌にすっぱ抜かれてしまえば大事だ。
だから、俺達は喧嘩をしないように工夫……などはしておらず、結局言い合いになれば俺が外に逃げるのがお約束になっていた。
夜の公園は静かだ。
静かだから、酷く寂しい気分になる。喧嘩した後の傷心には身にしみる寂しさだ。
年甲斐もなくブランコに腰掛けて、ゆっくりと漕ぎ出して空を見上げる。
雲の隙間からちらりと見える星の輝きが、可愛らしく空を彩っている。
……ここ、都会からは少し外れてるもんなぁ……。
都会の真ん中なら見えないほどの小さな光が、ココでは見える。
リョーマが住む所を決める時にココがいいとごねた理由の一つだった……気がする。
近くに走れるスペースが欲しい!だとか、すぐ見えるところに弓倉が居たほうがいいからちょっと狭いほうがいい!だとか。
今考えたらろくでもない注文ばかりつけてきて、面倒なヤツだなと考えてしまう。
でも、そのろくでもない、面倒なお願いを受け入れたのも俺。
……頭、冷えてきたな。アイツもちょっと冷えてるかな。帰ろうかな。
ギコギコと古い遊具特有の錆びた音を立てながらブランコを漕ぎ続ける。
顔を見てごめんって言える自信がまだ無い。
というか、俺が悪いわけではない。そもそもアイツが……。
ああ、また堂々巡りになってしまう。平常心、平常心……!
とりあえず、もうちょっとだけ夜風に当たろう。
そう思い、今度は立ち漕ぎでブランコを大きく漕いでみた。
弓倉が外に飛び出すと、決まってこの公園でうなだれているのを、俺は知っている。
というか、喧嘩した後俺が公園に迎えに行くのがオヤクソクみたいなもんだった。
今回も些細な事で喧嘩をして、弓倉が弾丸のごとく飛び出していったから俺は様子を見るために一時間ほど家に留まった。
本当なら五分もしないうちに飛び出して、待てよ!って腕を掴みたいんだけど。
どっちもイライラしてる時にやると、大通りで殴り合いまでやっちまいそうだからやめておく。
というか、そもそも今回の喧嘩の原因なんだっけ。ああ、そっか。俺が引っ越したいって言ったからだっけ。
もう少し広くて、犬とか動物が飼える、そんなマンションに住みたいって言ったらアイツが拗ねちまったんだっけ。
いつもは狭い狭いって怒ってるくせに、いざ引っ越したいって言ったら不機嫌になっちまうのはなんでなんだよ。
犬飼いたいじゃん。犬。別に犬飼ってもお前の事もちゃんと構うぞ。
部屋も広いほうがいいだろ?どうせベッドの上では一緒なんだから。俺もうちょっとゲームとか漫画とかトレーニングマシンとか置きたいし。
……もしかして、寂しくなるって思ってる?部屋が広くなると。そんな訳無ぇのに。
でも、もしかして。もしかしなくても。
ここにはいろんなものがありすぎて、惜しくなっちまった?
一時間経過。そろそろ迎えに来る頃だ。
ブランコをバカみたいに漕ぐのも飽きた。それに夜になればそれなりに肌寒い。
コンビニ行ってる間に迎えに来ても嫌だし、かといって自分で帰るのも嫌だからココに居るしか無い。
まさか、愛想が尽きた……も無いか。
ゆっくりとブランコを止める。
空もすっかり雲が隠していて、星は見えない。
後、三十分。待ってみて来なかったら帰るか。
流石にそこまで待ってやれるほど、怒りも体も長くは持たない。
ブランコ以外の遊具は流石に使う気にもなれないので、今度はベンチに移動してみる。
これ、立場が逆だったら絶対滑り台逆走とかしてひまつぶしてるんだろうな、アイツ。
いや流石にそれは言いすぎかな。アイツそこまで子供でもなかった。
一緒に住んでると、なんだか変に子供っぽく見えてしまう。これも色眼鏡かな?
……結局、飛び出した後もリョーマの事ばっかり考えている自分がいる。
馬鹿じゃねえの。俺もアイツも。
引っ越す引っ越さないで喧嘩して、こうして一人ベンチで頭抱えて。
迎えに来る事も分かってて、どうせ俺が折れることになる事も―――。
二人の男が住むにはあまりにも狭すぎる部屋。でも、思い出を作りすぎた。
それを惜しんでいるのは俺だけ。アイツはいつだって前を向いていて、俺はどうもうじうじしすぎて。
……引っ越すにしてもどこに引っ越すんだよ。俺は都会の真ん中とかはヤだぜ。
たまに入り込んでくる猫とか、狭すぎて困るベッドとか、おかずを3品置けば大半が埋まる机とか。
俺はそういう不便も好きだったんだよ。お前もそうだろ?
引っ越すの嫌だ、とごねた俺をお前はなんて思ってんだろ。
学校変わるの嫌だと泣くガキみたいだって思ってんのかな。
一人だと答えが出ないのに、答えを出そうと焦っちまう。
早く迎えに来い、馬鹿……。
公園のベンチでうなだれる弓倉を見つけた。
お前、そのポーズは失業したサラリーマンレベルに暗いぞ。
もちろんそんな事、本人には言えないけどさ。
俯いたままの弓倉の肩を二回叩く。
視線があったとき、どこか泣きそうにも見えたからとりあえず抱きしめておいた。
黙ったまま抱きしめたのに、弓倉も黙ったまま腕をまわして抱きしめ返してくれたから、なんとなく心は通じ合ってる気がした。
引っ越すの、もうちょっとあとにしよーぜ。
多分、お前は気を使ってるんだろっていうかもしれないけど。
俺も気づいちまったから、これがゴメンの代わりだよ。
でも、引っ越す時は絶対犬飼うからな!これだけは約束させてもらう。
犬連れてお前を走りたいんだから、仕方ないじゃん。
大型犬だぞ、大型犬。でっかくていっぱい走れる犬。んでできれば人懐っこいのがいい。
約束な。約束!……指切りげんまんの代わりにキスして、その約束を無理やりとりつけた。
―――目覚めたって夢は続く。
俺達の夢の続きは、いつだってこの狭い部屋と公園と……。
もう少し先の未来では可愛いワンちゃんも夢に紛れ込む。
そんな平凡でちょっと眩しい夢を、一緒に見続けよう。
俺と、お前で。