早田が小野田を思い出すまでの話 - 11/15

「今日の夢は一段と最悪だな。」

いつもなら試合の途中からはじまるこの夢も、今回はどうも勝手が違うらしく
ガランとしたフィールドの上に一人佇む早田の姿だけがあった。
空の色は歪な紫色、風の音すら聞こえない静かすぎるその場面に立っている早田は
小野田と「ソイツ」…「大空翼」を探してフィールド上を歩きはじめる。
この夢を終わらせるために、この夢の真意を知るために。 早田は歩き続ける。
フィールドを出て、建物へ入り更に先にある扉を開けて。

目の前に広がったのは白い空間と、その中に一人佇む大空翼の姿だった。

「こんばんは、早田くん」
「翼!…おい、小野田は?居ないのか?」
「うん、小野田くんは”今”は居ないよ。」
「”今”は?」
「まあ、イイじゃないか。俺に用があったんだろ?」

翼は相変わらずの様子で、その場所に座り込めば隣に座るように促す。
とりあえず周りの様子を伺いつつ早田も同じように座る。
とにかくあの小野田がホラーチックに現れるのだけはごめんだった。 二度目でも怖いものは怖い。
今度こそ漏らしてしまうかもしれないからだ。 右を見て左を見てまた右を見たあたりで翼が肩を小さく竦めた。

「…中西くんから何処まで聞いたんだい?」
「まあ、ほんの少しな。それでも全部を理解した訳じゃない。」
「そうだよね、難しい問題だと思う。…簡単に言えばこの夢は”前世の記憶”みたいなものだと思えばいい」
「前世の、記憶…。」
「そう。普通なら覚えている訳がない記憶。 でも俺は覚えてるんだよ。何故か。」
「…なんだって?」

翼は小さく笑いながら不思議そうに首をかしげる。
かしげたいのはこっちのほうだ!なのに、翼の困ったような笑顔を見ると何も言えなくなる。

「俺はね、記憶があるんだ。正直言うとこの大会もきっと何回目なんだろな、って思えるほどには覚えているんだ。」
「ロベルトが俺を置いていった事も、V3の記憶も、俺がこの先見る世界の続きも。」
「覚えているのに、俺は繰り返すんだよ。 ロベルトとの別れも、この試合も、そして最後に…日本から旅立つ事も。」
「なのに未来は変わらないんだ。俺が何度走っても、俺が何度叫んでもロベルトは去っていく」
「岬くんとの別れも、そうだ。…あはは、君を置いてけぼりにしてるね。」
「…お前が覚えてるかぎり、この大会は何回目なんだ?」
「その度俺達は負けるのか?」
「そうだな、多分4回目かな。いや、5回?今の所は未来は変わらない。」
「たまにイレギュラーがあるけど、大筋は変わらないんだ。」
「ふ、ふざけるな!!!!」

あまりの言葉に翼の襟元を掴む。
これじゃあ、これじゃあ、あんまりだ!
翼は困ったように笑ったまま小さく首を振る

「俺はいつだって全力で戦ってきた。 変えられない未来があるとは思ってない。」
「変わらないと慢心するつもりはない。君たちの力があれば、未来は安易に変わると思っている。」
「だから、俺はいつだって本気でぶつかってきた。 未来を変えないために。」
「…未来を変えたい時もそうだ。俺はいつだって本気だ。」
「…ちくしょう!!!」

襟元を掴む手を離し、悔しさから地面を殴る。
なんでなんだ、そんな事実知りたくなかった。 俺はこの悪夢を何回も、何十回も繰り返してきたのか?
何度も地面を殴りつける。 拳が痛む。 でもそれ以上に苦しいのは。

「ごめん、早田くん。」
「この夢を止める方法を俺がもっと早くに見つけ出せば、こんな話をする必要もなかったのに。」
「…ごめん。」

深く頭を下げる翼に早田は口を噤む。
どうすればいいのか分からない。どうしてやればいいかも。
不意に見えた黒い影。
目の前に居たのは。

小野田だった。

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