早田が小野田を思い出すまでの話 - 4/15

そして、その夜。また同じ夢を見る。
目の前にいる男、背番号が見えないその男と話すための最初の一歩を踏み出そうとしている。
口を開く。最初に出た言葉は、雑音混じりの変な声。
自分の声なのに、うまく聞き取れない。なんと発言したかも認識できない。
自分の喉を右手で押さえる。

なんなんだ、これは。

やはり、自分では呼んでも認識も発音もしっかりと捕らえることができない。
これでは相手に伝わっているかも分からない。喉を押さえたまま視線を少し泳がせれば
眼の前に居た男がゆっくりと口を開く。

『…なんや。けったいなことすんなや。早田。』
『俺は、―――や。、―――。聞こえるか?』
『聞こえへん?嘘やあらへんな?…もういっぺん言うで。』
『俺の名前は、―――…。』

視界が歪む。声に雑音が走る。
世界が一気にひっくり返る。
無邪気に笑う男の足場が崩れ、視界が暗闇へ落ちる。
手を伸ばし、無意識に叫んだのは。

「小野田!!!」

ベッドから転げ落ちた早田は宙に手を伸ばしたまま目を覚ました。
結局、あの男の手を掴むことは無いまま、現実へと引き戻されたのだ。
…そして、目覚めたとほぼ同時に叫んだ言葉。それは。

「……おの、だ?」
「小野田って…誰…だ…?」

自分が叫んだ名前に妙な懐かしさを感じていた。
……そんな名前のやつ、誰も知らないのに。

「小野田?小野田っていうのかよその茶髪。」
「多分な。確信はねぇよ。でも、なんとなくそんな気がするんだよ。」
「なにせその名前を叫んで目覚めちまったんだから。おかげでベッドからすべり落ちちまったよ。」
「ふぅん。……小野田、ねぇ。」

早田は痛めた首を軽く撫でつつ、昨日見た夢を改めて辻に報告する。
小野田という単語に意味ありげに俯く辻に、早田は違和感を感じた。
その小野田が出てくる夢の中で見えた辻の顔。
皆に指示を出しながらも懸命にセービングに励むその姿は、見知った姿の辻だったのは間違いない。
しかし、その表情は何処か暗かったのを覚えている。 今の辻は夢と同じ顔をしているのだ。

「…お前、知ってるのか?小野田ってやつのこと。」
「……いいや。”知らねぇよ”。」

…嘘だとすぐに分かった。
辻は嘘が上手い。でも、長い付き合いだからか、嘘をつくときの辻の顔は何時だってどこか違う。
いつもみたいな冷めた目でも、ときおり見せるいたずらっぽい表情でもない。
自分から逸らされた目の奥底に見える、確かな違和感。
早田はそれを指摘しようとして、止めた。
多分聞いたところで、きっとコイツは何も話さないと分かるからだ。
嘘をつけば、こいつはつき通す。何があっても。

「そうか。そうなりゃあ、サッカーの知り合いに当たるしかねぇな。」
「中西か?」
「ああ。小野田ってやつは関西弁喋ってたしな。俺らと違ってさ。」
「…そうか。なら、中西に聞くのが早いな。中西にはまた、宜しく伝えといてくれよ。」

早田の発言に対して辻はひらひらと右手を軽く振って応対するとともに
まるで他人事のような態度で視線をそのまま机に置いてあった本へと落とす。

「…あ?お前ついてこない気かよ!」
「いかねぇよ。俺も忙しいんだよ。自分の夢の始末ぐらいは自分でつけろ。バカ。」
「この冷血!…仕方ねぇ。中西に電話すっか。」

辻との会話を終わらせた後、早田はケータイを手に持ち、慣れた手付きで中西の連絡先を表示させる。
学校は違えども、同じサッカー部となると何かと情報交換は欠かせない。
専ら、軽い世間話を交えながらくだらない話を永遠とするだけのものではあるが。
放課後である今、電話をかけたところで咎める教師も同級生も居ない。すぐさま通話ボタンを押し耳に当てる。

トゥルル…トゥルル…トゥルル…
何度かの呼出音のあと、『もしもし』と聞き慣れた声が聞こえてきた。

「おう、中西か。お前に少し聞きたいことがあるんだが…。」

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