雨の日の攻防

「ババ抜きするで!全員集合!!!」

吉川の声はよく響く。そして、そのよく響く声はとにかくくだらない時に真価を発揮するのだ。

豪雨が続く今日この頃、練習もほどほどにRJ7の面々はミーティングルームにて集合させられていた。
総監督である賀茂にではなく、この吉川にである。

本来であれば自由時間たる今、各々好きな事をして過ごしているのだが、吉川による”おっさんが呼んでたで”作戦に皆ものの見事に引っ掛かり、こうして集められてしまったのだ。

今回、RJ7最後のメンバーとして迎えられた火野と、何が何でも馴染むつもりはないと言いたげな一匹狼、岡野を労いつつ無理矢理にでもチームとして意識させるために吉川が考え出したこの企画。
賛同者は少なかったものの、なんとか無理やり形にしてここに開催された。
そして吉川が選んだ種目、それが”ババ抜き”であった。
トランプならば万国共通の遊び。これなら火野だろうが岡野だろうが関係なく勝敗がつけられると考え出した…といえば聞こえは良いが
吉川としては自分のペテンを如何に唸らせれるかを試すために選んだものでもあった。

「さぁさぁ、皆様お立ち会い!俺がカード配るで〜!」

機嫌よくトランプをシャッフルし軽やかな手付きで皆に配り始める吉川の様子に各々は口々に言葉を漏らす。

「はぁ。なんで俺が…。」

「いやなんでババ抜きなんだよ。」

「俺はトランプは苦手なんだが…。」

しかし吉川はそんな事まるで無視して全てのカードを配り終え、自分の手札を奇麗に揃えてから広げた。
皆はまず揃っている札を捨てていき、準備が整った後吉川が楽しげに声を上げた。

「ルールは説明不要やな?じゃあ時計回りで行くで。まずは弓ヤンから!」

「…時計回り…ということは俺がリョーマのを引けばいいのか。」

一回戦。 まずジョーカーを持っていたのは火野であった。
火野はいやいやながら開始したそのババ抜きに対して酷くやる気なさげにカードを構えていた。
それ故になかなかにジョーカーを回せず、かと言って揃えるのも上手く行かず。完全にイライラが募り始めていた。
そして、最終的に皆がすんなりと上がる中、火野のジョーカーのみが残される形での決着となった。

そのイライラが一気に負けず嫌いに火をつけたのは言うまでもない。
たかが一回、と思われていたババ抜きは火野の「もう一回だ!!」という雄叫びにより2回戦に突入したのだ。

吉川がトランプを回収しシャッフル、再び皆配り始める。
二回戦、ジョーカーを引いたのは…またしても火野であった。
しかし今度の火野は違う。完全に目が本気だった。
彼はその負けず嫌さを力に弓倉へジョーカーの移動を成功させ、最終的に一番最初に上がるという展開まで持ち込んだのである。

「フッ!俺が本気を出せばこんなもんよ!」

その時の火野の嬉しそうな顔は今まで見たことが無いほどに活き活きしていた…と後に弓倉は語る。
しかしながら、そのジョーカーの行き先は…岡野であった。
最終的に岡野はミシェルとの駆け引きに負け、ジョーカーを引き込み
そしてミシェルが図柄を揃えて上がった。
2回戦の敗者は奇しくも一匹狼を気取っていた男、岡野だったのだ。

「よぉし!これで終わりだな!俺は部屋に帰るぞ!いいな、弓く…」

「待てよ」

自室へ帰ろうと立ち上がった火野に対して岡野は静かに声をかける。
ジョーカーを捨場に投げつけた岡野の眼は、完全に一回戦時の火野と同じ目をしていた。

「一回勝っただけで逃げるのか?ウルグアイの男は意外と弱いんだな。」

「なんだと!」

「もう一戦だ。今度は俺が勝つ。最速でな。」

「…いいぜ、二度と生意気言えなくしてやる。」

地獄の第三戦の幕開けであるーーー。

 

ここからはまさに地獄…というか、もはや意地の張り合いであった。
岡野も火野も、ひたすらに負けず嫌いだったのだ。
お互いとにかく相手より先に上がることを考え、手早く確実に、カードを選び選ばせ捨場に札を捨てる。
そして……。

十戦目…。とうとう岡野と火野の一騎打ちになった。
お互いに睨み合い、読み合い、札を捨てる。
そして最後の一枚になった火野と二枚持っている岡野。
どちらを引かせるか悩んでいるのか背中に腕を回しひたすらにシャッフルを繰り返す岡野と
その様子を見て勝者の笑みを浮かべる火野。
そしてそれをなんかもう子供の喧嘩を見るように見ている面々。
岡野が二枚を机に伏せて置き、火野に選ぶよう視線を向けた。

「泣いても笑ってもこれが最後だ。引けよ。」

「ああ。」

火野は視線を泳がせる。
右か、左か…。右…左…。ここは自分の勘を信じてみるか?
指先も自然に合わせてゆらゆらと揺れる。ここで引き負けたら追い込まれるのは自分。ここで確実に勝ちたい。
そして火野は右を選んだ。

「ぐぅっ…!!」

悲痛な声が一つ、上がった。

 

「お前ら、もうスピードで勝負せぇや!」
と吉川がトランプを取り上げるまで、負けず嫌いによる巻き添えのババ抜きはなんと風呂の時間まで続いたのは言うまでもない。

ちなみに、最初にジョーカーをわざと火野に送った吉川は
二度とコイツラ相手にペテンはすまい…と涙ながら思ったのであった。

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