荒らされたロッカー
僅かに開いた隙間から見えたのはボロボロに破壊されたのカバンの切れ端
そのボロ切れを隠す冷たい鉄扉に刻まれた名前は『SHINGO AOI』。
シンゴアオイ…。遠い東洋の国から来た、日本人(ジャッポネーゼ。)
その才能をいかんなく発揮してこのチームに入ってきた存在。
勿論それを面白く思わない人間も居る。 その人間がシンゴに対して行ってきた様々ないやがらせ、このロッカーもその一つだ。
シンゴは何も言わないままロッカーを開く。 本人にとってはもう慣れっこのようで、淡々とロッカーの中にあった荒らされた中身を片付け始める。
表情は無い。毎日の嫌がらせにより、段々と表情に活気が無くなってきたのは、誰の目からも明らかだった。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらその姿を見つめるチームメイト。
その異様な光景を俺はただ見つめる事しかできない。
片付ける彼を助ける事も、邪悪な笑みを浮かべるチームメイトを諌める事も出来ないまま。
窓から刺す夕日の赤い色が、シンゴの背中を照らす。
まるで彼の背中を切り裂くように見える光の赤が、ひどく眩しかった。
日が落ちて少し経った頃合い。
チームメイトが居なくなったロッカールームで、俺達は二人になった。
パタン、とロッカーを閉じる音の後、シンゴの視線がこちらに向く。
「ジノ……。」
「……。…シンゴ、大丈夫かい?」
「…うん、平気。アイツらも毎回懲りないよなぁ。アハハ…。」
無理矢理笑うシンゴを他所に、俺の気持ちは沈んだままだ。
慰める言葉も上手く出ないまま、シンゴに手を伸ばす。
その頬に触れた時、まるで何かが溢れるようにシンゴの眼から涙が落ちた。
「お、おれっ!お゛れ゛ぇ゛…っ!!」
「悔゛しいよ゛、く゛や゛しいよ、ジノ゛ォ゛!」
大きく泣きじゃくりながら俺に突進する形で抱きついては、ワンワンと大声を上げる。
狂ったように泣き続けながら、垂れる体液も気にせず俺にしがみついて苦しげにしゃくりあげる。
俺は何も言えないまま、…何も言わないまま。俺の身体に抱きついて泣いているシンゴを力強く抱きしめる事しか出来なかった。
「ごめん、ジノ。かっこ悪いとこ、見せて。」
「構わないよ、シンゴ。少しはすっきりしたかい?」
「うん。ありがと!明日からまた頑張るぞぉ!」
泣き止んだシンゴの顔に再び笑顔が戻る。
いつも見せている、元気一杯で明るい笑顔。
涙で赤くなった目元を隠すように視線を落としたシンゴを他所に俺はその頭をポンポン、と軽く撫でた。
きっとまた明日も、この苦しみに耐えながらも此処に来るのだろう。
栄光のセリエАの高みを目指すため。
たとえ、またロッカーを荒らされたり練習の妨害に合う羽目になったとしても。
彼はこの涙を隠して、一人がむしゃらに走り抜けていくのだろう。
そうして彼は元気よくロッカールームを去っていく。 そして俺は…この部屋で一人になった。