地崎広は天宮龍二の機嫌がすごぶる悪いことを無視して、扉の上に掲げられたその文章をしっかりと紐解こうとする。
「お互いの好きなところをあげなければ出れません」と書かれたその看板に対して地崎は別段不愉快さを持っていなかった。
しかし天宮は別で、自分が持つ好意をそんな理由で使いたくないと頑なだったのだ。
もちろん地崎だってこんな方法で相手に好意を伝えるなんてしたくはない。
だが、このままベッドぐらいしか特徴のないこの部屋に閉じ込められ続けるのも面白くはない。
実際、お互いに得意なカンフーを炸裂させたところで、扉も窓もびくともしなかったのが現状だ。
地崎は天宮よりは格段「諦めの良い」男だったのもあり、まずは自分が先攻だと言わんばかりに、表情を曇らせながらベッドに腰掛ける
天宮の元へ戻ったのであった。
「天宮。そう拗ねないでください。気持ちはわかりますけどね」
「うるせぇ。俺は絶対言わないからな」
完全に拗ねている。…拗ねているという言葉は違うのかもしれないが
相手の表情も態度も、まるで幼い子どものように見えて、地崎としては可愛いと思えるのだ。
この男はカンフーで無類の強さを見せ、サッカーだって上手いはずなのに
誰よりも前向きで負けず嫌いでこうやって強情なところだって、けして普通なら可愛いとは言えないはずなのに。
彼が見せるその態度がかわいいと思ってしまうのが、世間で言う「惚れた弱み」なのかもしれない。
「とにもかくにも、僕としては天宮と無事ここから出たいと思うんですけどね」
「ですから、好意を伝えることに対しても積極的になれます」
「それじゃまるで俺一人だけ出たくないみたいな言い方しやがって!」
「そんなつもりはありませんよ。天宮が言わなければその分僕が多めに言うつもりでしたから」
「…馬鹿!俺も言うよ。お前が思ってるよりお前のこと好きなんだからな、俺も!」
挑発に乗るように啖呵をきった天宮は息を大きく吸い込んだあと
大声で何かを言おうと身構えたものの、恥ずかしさが勝ったのか、普通の声量で
「地崎の蹴りのフォームがキレイで好きなんだよ…」
と答えたところで、地崎は大きく吹き出してしまった。
そのあと、地崎の天宮のどこが好きかという熱い弁に
天宮は最後の最後で泣き言のようにやめてくれ!と顔を真っ赤にして静止したのは
もう少しあとの話。