俺はあの時、なんでリョーマの背中を蹴っ飛ばしてやらなかったのか、後悔している。
RJ7として役目を終えた俺達は、各々帰る準備を始めていた。
と言っても、一番乗りでこの合宿所を出たのは岡野ぐらいなもので、他のメンバーは近日中に、と言う具合に
のんびりとしたペースで部屋を片付け退去の準備を進めている。
かという俺もリョーマと一緒に過ごしたこの部屋を淡々と片付けている最中で
ふと見つけた品に毎回手を止められている始末だった。
トランプ。吉川…いや、本名は杉本だったか。とにかくあのペテン師に乗せられて交流会で遊んだ時に使ったものだ。
リョーマと岡野がお互いにムキになったものだから最終的に皆で遊ぶというより一騎打ちする二人を煽る流れになってしまったのを覚えている。
その後もリョーマと二人で遊んだり、皆で遊んだりして他愛のない時間を過ごした。
練習用の箸。俺が箸を使っているのを見て真似したくなったと言うから用意したもの。
最初はなかなかうまく行かなくてよく床に投げつけていたような気がする。
最終的にそれなりに使えるようになったから、と自分用の箸を経費で買おうとして怒られてたな。
結局俺が自腹で買って渡したんだよな。
…俺が買った箸を、アイツは持っていったのだろうか。
ガチャポンの空容器。何故か回転寿司に二人で行ったときに当てた玩具の残骸。
玩具本体の方はカバンにつけていた…気がするから特に言うことはないが、ゴミは捨てろと注意していたのに。仕方のないやつだ。
ノート。日本に来たばかりの時に渡したものだ。
一応日本語は話せたようだし、読むのもそれなりに出来たのに何故か書けないと自信満々に話したから
文字の練習がてら書かせていた日記もどき。パラパラと捲ればものの見事に日にちは飛んでるし、内容もめちゃくちゃだし、開始して2週間で諦めきったように空白が続いている。
最後のページだけ乱暴に破かれていて、少し悲しさを覚えながらノートを閉じる。
アイツがこの部屋から出るとき、何も言わずに扉を閉めたことを俺は恨んでいた。
俺がこの合宿所に来る前から何度も会話して、その大胆で豪快なプレイに惚れて、お前が日本に残ることを少しだけ期待していた所もあったよ。
でも、お前は自分の世界へ帰ることを選んだ。それを止める言葉を、俺は知らなくて。
だから、何も言えないまま目線を逸した俺に、お前は何も言わず監督と車に乗って、あっと言う間に去っていった。
俺に、俺達に、こんなでかい傷跡を残して。
一言、別れの言葉さえ言ってくれれば、こんなに恨まずにはいなかっただろうに。
悔しくて、たまらなく悲しくて。
アイツが置いていった机の上に置きっぱなしの私物を思い切り手で払ってしまう。
バサバサと大きな音を立てて落ちたモノの一つに挟まっていた便箋。
汚い字で大きく書かれていたのは『ゆみくらへ』という文字。
恐る恐る手を伸ばし封筒を拾い上げ、ゆっくりとその姿を眺める
そのまま封を開け、中に入っている2枚ほどの便箋を広げた。
『ゆみくらへ
なにもいわずかえるけど、おこっていいぞ。
わざとおこらせてんだ、そんままおこってろ。
そして、つぎあうとき、おれにしぬほどもんくをいえ。
ぜんぶきいてやる。だから、おまえもさっさとおれのまえにあらわれろ。
にほんいちのMFになっておれとしょうぶしろ。
そんときにもんくはきいてやる。
またあうときは、もうすこしましなかおしとけ。
これみてなくなよ。
リョーマより』
『かきわすれがあったからにまいめにかく。
がもうのおっさんにれんらくさきおしえとくから
またきがむいたらてがみくれ。かんじはあんまつかうなよ。よめねえから。
みんなにもよろしくいっといてくれ。とくにおかのにな。
つぎあうときはトランプでボコボコにしてやるからっていっといてくれ。
うらべにはトーフのしゅるいおぼえたといっとけ。
よしかわにはこんどはおおさかあんないしろとはなしておいくれ。
さかきにはにほんしょくうまかったとれいを。
やまだにはあまいものをまたおしえてくれと。
それだけだ。じゃあ、またな。』
ひどい字だ。ひらがなばっかで、大きさもバラバラで。
でも、ひどく泣けてくるのはなんでだろうか。
どんな気持ちでこの手紙を書いたかなんて分かりやしないが。
……賀茂監督が帰ってきたら、早速手紙を書こう。
そして、最後に一言でかいことを書こう。
そう決めたからには、この部屋をきれいになくては。
止めていた手を再び動かし、アイツが置いていった荷物を俺は再び片付けはじめた。
手紙に添える、最後の言葉。それは。
『次会うときは、フィールドで。 』