いつかの夢の続き。
割れた鏡はいつの間にか消えて、二組の時間はまたバラバラに動き始めたはずなのに。
なんでか、やはりか。偶然海合宿で利用するボロっちい旅館にあった大きな鏡で、再びお互いの時間が繋がった。
今度は鏡越しではなく、偶然にも世界が混じり合うかたちで。
でもまさかこんなかたちでつながるとは思わなかっただろう。
互いに水着姿で再会するなんて。
お互い困惑しつつも、ひどい驚きなどはない。
ただお互いを見つめ合って、しばらくの沈黙を保つ。
「お前ら、この合宿に何しに来てんだよ」
最初に口を開いたのは弓倉だった。
彼は水着……ではあったが、完全に海に入る気がない装いだった。
本人曰く、『遊びに来たわけでもないし、焼けたくないし、ダルい』という理由だ。
ただ、火野……もといリョーマが水着ぐらい!とゴネてきたから仕方なく着た(と本人はと持っているが、やはりリョーマのお願いには弱い)。
なのでパステルカラーな水色のラッシュガードに半ズボン、なんならサングラスもしっかりつけている。
ちなみにサングラスはリョーマとのお揃いだ。無意識に。
「何って、体力づくりのために泳ぎにきてんだよコッチは」
「……そんな姿じゃあ変に誤解もされても仕方ないだろう」
浮き輪にフィンになんならシュノーケルを首に下げ、海パン姿の弓倉……もとい『弓倉』は何処か自信満々に言葉を返す。
そんな『弓倉』に冷静にツッコミを入れる『火野』もアロハシャツと水着で、すっかりバケーションスタイルだ。
「俺たちも浮き輪持ってこればよかったな」
「馬鹿か。体力づくりのために泳ぐのに浮き輪があったら意味ないだろうが」
リョーマが浮き輪を見て、少しソワソワした様子で言葉をかけてきたが、弓倉は冷たく突き放す。
我らは遊びに来たわけではない。ましてやバカンスをしに来たわけでもない。
そこに遊び心は不要なのだから、遊び道具も必要ない。
そんな冷たい一喝にリョーマは少し寂しげに肩を揺らした。
「ソイツは余裕も遊び心もねぇみたいだな。こういうときこそ遊べばいいのに」
「しれっと遊びをメインにしてるじゃねぇか!」
浮き輪片手にやれやれと首を振る『弓倉』に弓倉はすぐさまツッコミを入れる。
コイツラには建前すら無いのか、と呆れるものの小さくため息をついて砂浜へと歩いていく。
「俺たちは俺たちでやることをやるんだよ、行くぞリョー……マ!?」
視線を隣りにいた相棒に向けてみれば、どこか嬉しそうに海に飛び込み、あの二人と遊んでいるリョーマが見えた。
ああ、結局そうかよ。
サングラスをかけたまま海ではしゃぐ三人を睨みつけたところで、どうしようもない。
てかそっちの『リョーマ』もノリノリで遊ぶのかよ!と呆れを通り越して泣けてける。
てかそれならもう貸しパラソル借りろよ!と思いつつ弓倉は砂浜を全力ダッシュした。
「海に来たらかき氷と焼きそば食うんだって吉川が言ってた」
これでもか!と言わんばかりに泳ぎまくってきたリョーマが、濡れた身体もそのままに、乱雑に引かれたビニールシートの上に座る。
弓倉はあからさまに嫌な顔をしながら、タオルを投げて拭くよう促す。
リョーマは髪の水分をタオルで軽く拭ってから、吉川から植え付けられたおかしな知識を言葉にする。
海の家での話のことだろうが、別に海に来たからって食う必要性は無いだろう、と弓倉は素直に思った。
「カレーライスでもいいんじゃねぇの?」
同じく海から上がってきた『弓倉』がポツリと呟く。
いや、確かにそれも海の家の定番だが。
程よく日に焼けた肌についたしずくをタオルで拭いつつ、自分と同じ顔のソイツは悪い笑みを浮かべる。
「それともそっちの火野はお子ちゃまだからカレー、食えないとか?」
「カレーは辛いほうが好きに決まってんだろ!余裕で食える!」
中学生みたいな言い合いを繰り広げる二人を後目に、『火野』が呆れた様子でペットボトルの液体を喉へ流し込んでいく。
「子供か、お前は……」
「ガキだろ、どっちとも」
お互いがお互いに苦労するなんて、なんとも不思議な光景だ。
……二度と見ること、ないと思ってたけどな。
そうこぼしながらも、決戦の場を海へと切り替えて再び飛び込む二人を見て、また小さくため息を落とした。