白くて、柔らかくて、冷たくて。
なのにこうして握ってみれば、すごく固くなる。
その不思議な物体に心躍る姿を見せているのは、雪に慣れていない俺ではなく雪にそれなりに慣れてるだろう弓倉だった。
「火野は雪見たことあるのかよ」
「画面越しなら」
「じゃあ思い切り楽しめよ、一生の思い出になるかもしんねぇじゃん」
「いやいい。……寒いし」
「んだよ、ノリ悪いぜ」
ケラケラとバカっぽく笑う弓倉をよそに、俺は着ていたジャケットに首を軽く埋める。
雪のせいで地面は白い化粧に染められ、禿げた木々にも軽く積もって彩りを与えている。
頬や鼻を真っ赤にして空を見上げれば、雲ひとつない晴天。
太陽だってしっかり見えているのになんでこんなに寒いんだろう。
慣れない寒さに肩を少し震わせてみれば、弓倉は分厚い手袋を武器に雪玉を量産していた手を止めた。
「なー、火野。お前雪合戦好きか?」
「なんだ、それ」
「こーゆー、ことっ!」
ある程度固まった雪玉を一つ握りしめ、弓倉が大きく振りかぶる。
至近距離ではあったが俺は間一髪避けることができた。
避けられた玉は後ろにあった大木に当たり、その振動で枝に乗ってきた雪が地面へと落ちる。
それなりの威力で投げやがったなコイツ…………。
「おま、ふざけてんのか」
「ふざけてねェよ。俺はお前と雪合戦してぇんだ」
「俺は嫌だ」
「いいじゃねぇか、二度とないことなんだから!」
そう言って何度も何度と雪玉を投げつけてくる弓倉の笑顔が、少しだけ暗い気がする。
多分気の所為だとは思うけど。
俺はなんとか雪玉を避けて、適当に作った雪玉で応戦を始める。
そうこうしてるうちに、他のメンバーまで集まってきて、最終的に大騒ぎになった。
浦辺はこういうのが得意なのか玉を高速で作っては供給しているし、坂木は不意打ちが得意でいきなり現れて当ててくるし。
吉川は雪に不慣れなのか面白いほどはしゃいでいるし、山田は腕力を活かして遠くから射撃。
岡野はヒットアンドアウェイでひたすら動きまくっていて面白い。
こうやってはしゃぎ合いながら絡むことがなかったせいか、気づいたらグズグズに濡れちまうまで遊んでしまった。
賀茂のおっさんの一声でそんな遊びは終わったが、みんな気分は晴れ晴れしていた。
その後の風呂は嫌というほど染みたけど、その熱さがまた気持ちよくて。
これが雪ってやつか、なんて少しだけ切なくもなった。
『いいじゃねぇか、二度とないことなんだから!』
湯に肩をしっかり漬けて暖まっていると不意に弓倉の言葉を思い出す。
「二度と、ない……か」
たしかにそうだと思う。
俺がウルグアイに帰れば(帰るつもりは今のところはないが)、この国に来ることは二度とないと思う。
多分それを理解しての一言だったと思う。
それを当たり前だと思うのに、どうも寂しく思えてしまう。
湯船に映る自分の顔が少ししょぼくれて見えて、情けなさからそれを指でかき消す。
「何を今更……」
当たり前と思ってるなら寂しく思うのは可笑しいと思うのに。
顔を不意に上げてみれば、弓倉が前に居た。
「すげーシケたツラしてる」
「うるせぇよ」
隣に引っ付くように湯に浸かり、気持ちよさそうに息を漏らす弓倉の顔は雪合戦前に見せた暗い雰囲気は見えない。
「楽しかったろ?わりとさ」
「悪くはなかった」
「どうせまた積もるからやろうぜ。坂木の背中に雪の塊入れてやりてぇんだよなー」
「また浦辺に雪玉当てられまくるぞ」
「かもな!」
湯船を少し揺らしながら少し語らう。
楽しそうに話す弓倉の横顔が、湯気で少し隠れる。
こいつ、前髪長いからたまに表情が見えなくなるのがまたズルい。
「なー……」
「なんだよ」
「お前、やっぱ帰んの。ウルグアイ」
「いや……今はそんなつもり無いけど」
「でもいつか帰るだろーが」
「さぁな……」
他のメンバーは早々に居なくなって、広い風呂に二人きり。
弓倉の視線がこちらに向く。
滴り落ちる水滴が、頬を伝う。
「帰んなよ」
弓倉の目が潤んで見える。
それが湯気のせいかは、分からない。
「帰んな」
「…………」
「俺さ、火野となら日本どころか世界一になれそうな気がするんだ」
だから、帰んなよ。
弓倉は静かに言葉を落とす。
そのまま俯いて、俺の腕を強く握った。
俺は何も言えないし、その言葉の答えを返すことはしなかった。
「……俺は、そんなつまんねぇ言葉聞きたくなかったよ」
そう呟いて立ち上がれば、弓倉の手がするりと水面へと落ちる。
バチャ、と大きな音を立てて水しぶきが上がる。
「……火野の……」
「?」
「火野のオタンコナス!!」
弓倉がすっくと立ち上がり、その瞬間俺の腰に腕を回してスープレックス決めようとしてきた(俺はびくともしないが)。
「いや、お前何してんの」
「そこはもっとこう、優しくしろよ!俺が死ぬほどしおらしいのに!バーカ!」
「いや、意味がわからないんだが」
「うっさい!バーカ!バーカ!」
キレてんのかスネてんのかはっきりしろよ。
でも弓倉らしい気もして、抵抗はしない。
てかフリチンで何やってんだ俺ら。
そう思うと馬鹿らしくもなって、とりあえず弓倉をそのまま引き離す。
「俺はお前ともっとプレイしてぇの!ついでに言うけど好きなの!だから一緒に居たいって思うのは当たり前だろーが!」
「あー………え?」
勢いよく叫ばれて、そのまま逃げるように湯船から上がる弓倉に俺は言葉を失う。
「好きってどうい……」
「うるせぇよ!お前みたいな薄情外人もう知らねぇ!じゃあな!」
いや、待てよ。
制止する前に出ていった弓倉に、俺はポカンとしたまま立ち尽くす。
「んだよ、それ……」
好きって言葉に過剰反応してる。
なんだろう、これ。
ゆっくりと歩いて扉に手をかける。
ドタバタと音が聞こえる。
多分弓倉が慌てて着替えてると思う。
「……なぁ、弓倉」
俺、お前に好きって言われてちょっと。本当にちょっとだけな。
嬉しかった、って言ったらお前はなんて言うだろうか。
答えは弓倉自身から聞くとしよう。