2.選定
「念の為の検査だ、変に気負う必要は無いからな」
見上さんに連れられて向かった病院でそう言われ、俺は検査を受けた。
身長と体重の測定の他にも血液検査やMRIまで撮った。
食事が極端に億劫になった以外に特に問題はないと思っていただけに、ここまで大掛かりな検査をする事になるとは思わなかった。
検査を終えた後、見上さんだけが呼ばれ俺は先に帰るよう指示された。
結果はどうであれ、とにかく帰れるならと一足先に病院を出て宿所へと戻った。
人に会わないように、と言われていたのを思い出し、出来るだけ人に会わないように気をつけながら廊下を歩く。
俺自身、若島津に会うのが怖かった。
医務室の扉越しにあいつを見つめたとき、持ってしまった感情が恐ろしくてたまらない。
直接会ってしまったら、今度はどんな感情を抱いてしまうのかが怖かった。
だからこそ、まるで身を隠すようにコソコソと自室へと戻ってきたんだ。
鍵をかければ、やっと安心できる。
被っていた帽子を机に置き、自分自身の顔を鏡で見つめてみる。
ろくに食事も水分補給もしていないのに、何一つ変わらない俺の身体。
いったいどうしてしまったのか?理解は追いつかない。
けれども、それが当たり前のようにも思えている自分がいる。
食事という行為はニンゲンが生きるためにするものであって、それが不要な身体であるならば、それはもう娯楽にしかならない。
俺にとってそんな娯楽はもう必要ない。
俺に必要なのは食事ではなく、アイツが……。
不意に湧き出た思考に意識が飲み込まれそうになっていたところに、強めのノックの音で現実に引き戻される。
慌てて帽子を被り直して、解錠して扉を開けた。
扉の先にいたのは翼や石崎、いつものおなじみのメンバー。
石崎が我先にと俺の前にやってきては、心配そうに見上げてきた。
「どうした、皆? そんなに慌てて」
「お前、病院行ってたって本当かよ!」
「……ああ、でも簡単な検査だけで何かあったわけじゃない」
いつもの通り答えてみれば、今度は翼が心配そうに俺の足や腕を見つめながら声をかけてくる。
「怪我とかじゃないんだね?」
「勿論だ。怪我なんてしちゃいないさ! 本当になんでもないんだ」
「ならいいけど……」
ザワザワと騒ぐ皆を嗜めるように声をかけては、若島津がこの場に居ないか確かめる。
……どうやら居ないようだ。その事実に安堵する。
「とにかく大丈夫だから、お前たちは練習があるだろう? 早く戻って練習してこい!」
追い返すように翼や石崎の背中を押せば、そのまま乱暴に扉を閉めた。
…………何もなければいい、そう思っているのは俺自身の願いだ。
こんなふざけた感情を持っている俺が、何もない訳はないと思っている。
けれど、これは一時的な不調であってほしい。
そう願いながらベッドに腰掛け、また鏡を覗き込んでみる。
暗がりの中、自分の目が猫のように淡く輝いているのが見え、恐ろしさから息を詰まらせた。
*****
「……ありえませんよ、何も写らないなんて」
検査結果を見せられた私は恐怖した。
血液も、レントゲンも、全てが黒く塗りつぶされている。
身長と体重も一年前から何も変わっていない。
源三は完全に人間ではなくなっていた。
完全に“神”になっている。少なくとも、身体は。
「機械の故障も疑いましたが、他の利用者は通常通り結果が反映しているんです、こんなことありえません」
「彼は……何者ですか!? いや、あれは……人間ですか!?」
医者たちは震えながら私に訴える。
なんと説明すればいいかなんて、私も分からない。
源三の両親らが話していた話は本当の話だった。
少なくとも、これでハッキリした。
“少なくとも何百年に一回、若林家から神が選ばれる”
“源三の曾祖父の兄弟が選ばれた記録は嘘ではなかった”
“そして、一番幼い源三は選ばれてしまった”
神に成った源三は、人には戻れない。
……これを本人に話すべきか、それとも。
真っ黒に染まっている写真を見つめながら、どう告げるべきか言葉を失っていた。