崩壊

3.崩壊

「お前はお伽噺は信じるか?」

見上さんが告げた言葉に俺の背筋に悪寒が走った。
信じたくないと思う一方、信じてもいないそんな話をなぜ今になって見上さんは持ち出したのか?
もちろんそんな事分からない。分かりたくもない。
けれども、答えなければならない。
俺は、検査結果を聞かなければいけない。それを聞かされるためにここにいるんだ。

*****

自室で休んでいる間に見上さんが帰ってきた。
二人きりで話したいと言われたので、そのまま自室に招き入れて椅子に座るよう促す。
椅子に腰掛けた見上さんは手に持っていた大きめの封筒を机に置き、口を開いたときに飛び出した言葉がそれだ。
なぜ今、そんな突拍子もない言葉を俺にかけてきたのか。
その悪寒の答えは封筒の中にあると言わんばかりに、それを自分に差し出してきた。
おそるおそる手を伸ばし、受け取る。
封筒の中に入っていたのは、真っ黒なレントゲン写真と、意味不明な内容が書かれた診断書。
そして古い日記帳が一冊。

「見上さん、これは一体」
「その真っ黒な写真と診断書はお前が病院で受けた検査の結果だ。そして、その日記帳はお前の曽祖父のものだ」
「……っ!? な、なんでこんなものを俺に渡すんですか!?」
「源三いいか、今から言うことは冗談でもなんでもない、本当の話だ。心して聞きなさい」
「やめてくださいよ、見上さん! こんな事……」
「信じたくない気持ちは分かる。私も信じたくはない。だがお前の為にもハッキリさせておいたほうがいい」

心臓がバクバクと大きく脈打つ。
汗が滝のように吹き出るのに、頭は冷えていてとてつもなく不安を感じている。
聞きたくないのに腕も足も動かなくて、瞬きばかりしてしまう。

お伽噺。 それは神に成った化物の話。

「お前は“神”に選ばれたんだ」

俺は化物に成ってしまったーーー。

*****

ボロボロの日記帳は達筆な字で綴られている。
かなり古いものだからか、わからない言葉が多すぎるそれに赤いペンで所々訳が書かれていた。

弟が選ばれてしまった。弟はその日から離れで過ごすことになった。
母は涙を流して喜んでいた。

弟が笑わなくなった。時折、何かを求めるように手を伸ばしては俯くのだった。
どうやら俺のことは分からなくなったらしく、誰だ?と聞かれるようになった。

弟と久しぶりに会った。無表情で佇んでいるだけだった。
弟は一言、帰れとだけ俺に言った。
隣には知らない娘が座っていた。

母が言うにはあの娘は番なのだそうだ。
神に選ばれたものは唯一番の人間を捕まえて、天に還るのだそうだ。
弟は娘を大層大事にしているという。
娘も無表情のまま佇んでいた。

弟が神に成って一年と少し経った日の夜中、大雨が降りしきる中、弟は龍となって天へと還った。
離れは粉々に砕け散って無残な姿に変わり、黒焦げた簪だけが濡れた地面の上に落ちていた。

赤いペンで訳されていた日にちには、神に成ったという弟について書かれているものばかりだった。
物によっては黒く塗りつぶされていたりもしていて、訳を追うだけでもいっぱいいっぱいだった。
この弟は神に選ばれ、龍神になり空に還った。
なら、俺はどうなるのだろうか。
曽祖父なんてとっくの昔に亡くなっているんだから、聞けもしない。
日記帳には多くの事は語られていない。

番?……つがい、……それはつまり。

日記帳を読み進めていく中で、俺は若島津を番として認識し、神としてアイツが欲しいのだと理解した。
日記帳を閉じ、再び視線を見上さんへ向ける。
この日記帳のとおりにいけば、俺はどこかに軟禁されてしまうんじゃないか?
そう思うと急に不安になってしまったからだ。
そしてその不安を振り切るために見上さんに言葉を投げかけた。

「見上さん、俺はどうしたらいいんですか。日記に書かれた奴みたいに閉じ込められてしまうんですか」
「なにか手立てが見つからないか探しているが、今の段階では一度南葛にあるお前の家に帰るほか無いだろう」
「そんな! それじゃあ、俺は……俺はなんの為にここまで……!」

そうだ、俺はなんのためにここまでやってきたんだ。
いきなりこんな事言われて、はいそうですかと認めることなんて出来ない。
日記帳を机に叩きつけ、俺は見上さんと距離を取る。

「このままでは何が起きるかも分からない。分からない以上は……」
「俺は嫌だ! こんな話信じないし、サッカーをするために俺はここにいる! 絶対に帰りませんからね!」

怒鳴るように反論した後、俺は部屋を飛び出した。
帰るものか、帰ってたまるか!

“ここには俺の番がいるのに!”

後ろから聞こえる俺の名前を叫ぶ見上さんの事など無視して俺は走り続けた。

“早く……! 早く、早く、早く! 番に会わなければ! 早く!”

俺はサッカーがしたい! 俺は人間なんだ! 化け物なんかじゃない!

“早く、番を喰らわなければ!”

前も向かず走っていたはずなのに、気づけば俺はグラウンドに飛び出してゴール前に佇む若島津の所へ辿り着いていた。

送信中です