変貌

日向さんとの練習中に、若林がグラウンドに現れた。
帽子を深く被り、無言のまま佇んでいるのを見て俺は妙な気味の悪さを感じる。
ここ最近ずっと調子が悪そうな素振りを見せていたが、何かあったのだろうか……。そう思っていた矢先のことだった。

「どうした、何かあったのか」

日向さんが声をかけるも、若林は反応を見せない。
無言のまま俺の前まで歩いてきた若林は、俺の腕を乱暴に掴み、引っ張っていこうとする。
その様子を見て俺は抵抗しようと腕を引くも、その力の強さにびくともしないことに驚く。

「な、っ……!?やめろ、なんの用だ!若林!」
「いいから、来い」

若林の声……じゃない。
いや、人の声なのかこれは。どう聞いても変なノイズがかかっている。
帽子の影から見えた眼光はどうみても正気ではない。
俺はその目に一瞬威圧されてしまい、そのまま力任せに引かれて歩き始める。
その姿を見た日向さんが若林の前に制止に入る。

「せめて理由を言え。何故若島津を連れて行く!」
「……邪魔だ、退け!」

若林が叫んだ刹那、日向が勢いよく吹っ飛んだ。
まるで何かに弾かれるかのように、そのまま日向さんは地面に尻もちをつく。
なんだ、いまの。そう思うより先に俺は再び腕を引かれ、建物の中へ連れ込まれる。
再び力を入れて抵抗してみせるものの、若林の力が強すぎてなにの足しにもならない。
あれよあれよと俺は若林の部屋へと連れ込まれてしまった。
若林の手が緩み、俺はすぐさま距離を取り構える。
若林は帽子を深く被ったまま、目を細めて柔らかく微笑んで見せる。
けれどもその目にはやはり理性は見えない。
俺は怒りを露わにし若林に怒鳴るように問いかけてみせた。

「若林!なんの冗談だ、これは」
「冗談?冗談なんかじゃない。俺は番と共に居たいだけだ」
「番?何の話だ!」
「お前は受け入れるだけでいいんだよ。俺を受け入れ、そして……」

俺とともに天に還ろう。

若林がそう言葉をかけた瞬間、俺の身体が風で飛ばされるかのようにベッドへと沈む。
一瞬のことに理解が追いつかないうちに、若林は俺に覆い被さる。
帽子がはらりと布団の上に落ち、若林の顔が見えた。
目だけが歪に歪み目に生気がないまま微笑む若林は、口からドロリと黒色の液体を垂らしている。
俺はそれを見た瞬間、一気に恐怖感が湧き上がる。
俺は咄嗟に若林の頬を全力で殴り、そのまま蹴飛ばして跳ね除けていた。
こいつ、若林のふりをした妖怪のたぐいか!?
そう思いしっかりと構えた瞬間、倒れ込んだ若林から小さなうめき声が聞こえた。

「っ……てて、なんで俺、ふっ飛ばされて……」
「若林!?正気に戻った……ということか?」
「はぁ?何の話だよ!というか見上さんは?」
「いや、お前にここに連れ込まれたときには居なかったが……」
「連れ込む?どういうことだ?何の話だ!」

話が噛み合わない。
若干の頭痛を覚えながらも、警戒心を解いたあたりでドアを強く叩く音が聞こえた。
おそらく日向さんが誰か連れてきてくれたのだろう。
俺は慌てて扉の前まで移動し鍵を開ける。

「無事か!?無事、だったか。良かった……」

そこには血相を変えた見上監督が立っていた。
なにか古ぼけた日記帳を手に見上監督は心底安心した様子でため息を漏らす。
そしてその様子を見て、若林は顔を真っ青にして項垂れているようだった。

何が起きているかなんて……俺には全くわからないままだった。

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