「八木!荷物持って!ほら、行くよ!」
「は、はい」
「しゃきっとしろ、しゃきっと!」
あの一件以来、日比野さんは俺にやたら偉そうに命令する事が増えた。
と言っても、三年生の部活動はもう終わっちまったし、たまに顔出しに来る程度に留めていたけれど。
推薦が決まって暇なのか、俺に絡んではからかう様にコキ使ってくる。
……嫌じゃないけど、困った。俺はまだまだ部活動があるんだけど。
そんなのお構いなしに引っ張り出すもんだから、反論しなきゃとは思うけど、この人相手だとうまく返せない。
小さい割に堂々としてて、さらに凄い我儘なので扱いに困る。
今回も荷物持ちをさせられて、なんと自宅に引き連れられてしまった。
俺の部屋まで運べョ、と言われ部屋に入ったまではいいが……。
物に溢れていてどこに置けばいいか分からず、とりあえず大量の荷物を机に置いた。
「……日比野さん家、金持ちなんスね」
「いや?普通じゃない?一人部屋だけどそんな広くないし」
「一人部屋あるだけいいんじゃないですか?俺無いですし」
「そんなもんかなぁ。あ、八木ちょっと肩揉め!疲れたから!」
「はぁ」
すっかり寛いだ様子で、着ていた服を適当に床に投げ捨てた日比野さんはベッドに座り込んで肩を揉むよう命令してくる。
相変わらずといえばそうだが、この人にはやはり逆らえず肩に触れていつも通り奉仕する。
その小さな身体に反して肩も首もしっかりしており、逞しく見える。
この人が三年間ゴールを守ってきたのか。沢山の重荷を背負って。
そう思うと、凄いな、と変に感動した。
色々考えてたせいか無駄に力が入り、日比野さんは小さく悲鳴を上げる。
「って!コラ、八木!馬鹿みたいに力入れるなよ!」
「あっ、す、すいません」
「ったく……何考えてたの?」
「え?…べ、別に何も…」
「うそだ!どうせロクでもねぇこと考えてたくせに〜」
「オレはそんな……」
「まっ!どうでもいいけど!ほら、次は腰!」
「は、はぁ……」
相変わらず後輩使いが荒い。
寝転がって命令する日比野さんとそれに従い腰を揉んでる俺、傍から見たら凄いマヌケな師弟関係に見えるんじゃなかろうか。
いや、別に日比野さんと師弟関係って訳じゃ無いけど。
腰をしっかりと押すと何処かご機嫌気味に、よしよし♪と声を漏らす日比野さん。
……年齢としては兄貴になるが、弟が居たらこんな感じになるのか、とまた考えてしまう。
また力が入り、日比野さんは悲鳴を上げて今度は流石に蹴られてしまった。
痛くないけどしつこい。適当受けて後はそれなりに避けておく。
「八木ィ!お前、練習どうなんだよ。それなりにできてるとは思うけどさ!」
「はぁ……普通ですよ。…先輩たちが居なくなってシンとしちまったけど……」
「そっか。…ま、オレほどのゴールキーパー居なくなったから来年は大変だろうけど頑張んなョ」
「まぁ……先輩たちの顔に泥は塗らないようにします」
「当たり前だろ〜?まっ、島本達もいるから心配はしてないけど!」
「はい」
会話を続けて日比野さんのマッサージを淡々と続けていく。
気づけば日比野さんは眠ってしまっていて、小さな寝息を立てていた。
穏やかな寝顔を浮かべる日比野さんの顔をまじまじと見つめて、首を軽く傾げた。
「顔はいいんだよな、この人。彼女いないんだろうか……」
下らないことを考えて少し見つめていたが、僅かに震える唇が目に入り、まるで吸い寄せられるようにキスを落とした。
……えっ、俺なにしてんの。
一瞬自身の行動がわからず、パニックになり固まる。
え、え、と無意識に漏れる俺の声と、相変わらず起きる様子のない日比野さんの小さな寝息しか聞こえない部屋の中、俺はすぐに離れて帰る準備をはじめる。
ききききききき、気まずすぎる…………。
いやいや、困るぞ流石に……。多分向こうも困る……。
とにかく早く帰ろう。どうせ寝てる。
荷物を持って、再び日比野さんに顔を向ける。
幸せそうな寝顔に、小さく漏れた、慶彦、という声。
慶彦って、日比野さんの兄さんか。なんだかんだ言って仲、いいもんなんだな……。
そう思っていたところに、八木ィ!と名前を呼ばれ慌てて荷物を下ろし、顔を近づける。
相変わらずの寝息。……夢の中まで俺の事こき使ってんのかな……。
そう思いつつ、指先で髪を撫で頬を撫で、最後にまた唇に触れた。
俺、アンタと付き合い短いけど、夢に出れるぐらいの立ち位置に居るんですか。
部屋まで呼んでもらって、そういう事なんですか。
変に考えてしまいながらも、結局その寝顔を淡々と見つめてしまった。
流石に長居は出来ないので、あの後早めに帰ったが。
キスしたなんて、バレたら殺されんのかな。流石に体格差あるから殺されないかな。
そんな事を考えながら、翌日を迎えて俺は学校に登校した。
勿論何も知らない日比野さんは俺をコキ使おうと寄ってくる。
眠っているうちにキスされた事なんて勿論知らずに。
「八木ッ!!」
「はぁ、なんスか」
「っ…とりあえずコッチ来て!!」
「はぁ」
寄ってきた日比野さんの顔はよく見たら真っ赤だし、怒ってる様子だった。
ええっと、まさか。そう思いつつ日比野さんに手を引かれて部室裏まで連れてこられた。
そして思い切り睨まれて、胸ぐらを掴まれる。
「おっ、お前、昨日…オレに何した!?」
「えっ…え、なんの、話で……?」
「いいから答えろよ!何したんだよ!」
「何……も?」
昨日のキス、バレてる疑惑。
嘘つくのは良くないと言うが、今ここでそうですとは言えない。
言ったら踏んだり蹴ったりで済まない気がする。
気まずそうに目線を逸らす俺に、日比野さんは苛立ちを覚えた様子で胸ぐらを掴んだまま更に顔を近づける。
また唇が触れそうになる距離に日比野さんがいる。
怒りが滲んだ瞳はやっぱりキレイだし、そもそもこの人は黒目がデカイから、威圧感もある。
震える唇に誘われるように、俺はまた日比野さんにキスした。
今度は舌も突っ込んで、腕を回して、強引に。
それに驚いた日比野さんが、俺の腕に爪を立てて暴れるけど、無視して口付けを交わす。
舌に噛みつかれる前に唇を離し、再び舌を伸ばせば、日比野さんは戸惑い気味に舌を絡めた。
俺、今ちょっと期待してるんすよ。いいんですか、って思ってる。
何度かの口付けのあと、俺が完全に離れた所で完全な停止がかかった。
後は野となれ山となれ、だ。
ケツが四つに割れるほど蹴られる覚悟はしておこうと、とりあえず息苦そうに俯く日比野さんの顔を覗く。
顔は真っ赤だし、涙目だし、やりすぎたかな。
そう思っていたところを、思い切りビンタされた。そこまで痛くはないけど痛い。
「痛いんですけど…」
「何がだよ!い、いきなりこんなことしやがって!お前ふざけてんのか!?オレにこんな、っ……!」
「ふざけてないですよ。日比野さんの顔見てたら、したくなったから」
「そういうのはふざけてるだろ!?」
「ちゃんと責任、取りますよ」
「なんの責任だよ!年下のくせしてっ……!」
「年下とか、関係ない。俺はちゃんと責任取ります」
頬を擦りつつ一悶着。
コチラを涙目で睨みつけて見上げてくる日比野さんにそれなりに誠意を見せる。
まぁ、勢いでしちまったけど責任は取るつもりだ。
日比野さんからしたらいい迷惑だとは思うけど。
そう思いつつも、涙を強引に拭った日比野さんは、俺を指差して再び睨みつけた。
「……なら、返事は一回だけしろ。今からちゃんと命令するから」
「えっと、何の命令…」
「黙って聞け!!」
「は、はい」
反論は許さない、と言わんばかりに一喝され俺は無意識に背筋を伸ばした。
ドキドキと心臓が早く脈打つ中、日比野さんが出した命令は……。
「一生、コキ使ってやるから覚悟しろ!んで、一生使って責任取れ!……とことん尽くして、ボクに退屈させないこと!返事は!」
「はい!…って、え…っ…?」
「はい以外の返事は聞かないよ!分かったなら、さっさと部活動に戻る!」
出された言葉に反応がうまくできないまま、また腰を蹴られて部室へ追い返されてしまった。
……今の、日比野さんなりの告白だったんだろうか。
まぁ、いいや。また本人に聞けばいい。
そう思いながら部室へ戻り、制服を脱いでユニフォームへ着替えをはじめる。
……あの人の唇やっぱ柔らかかったな。
そう思い馳せながら、軽く舌舐めずりした。