「言っておくけど、ボクに惚気話なんてしたら、ぶん殴るからな」

別に意識したわけではないけれど、気づいたらお互いにいがみ合っていた弟と、最終的には納得はしない形で一部は和解した。
……と言っても、全てが全て、無事解決した訳ではなくて。
共通の敵の出現により、一時的な団結を余儀なくされただけの事。
まぁ、もともと僕は勝彦にそんなに張り合っていた訳ではないから、この関係に対しては特に不満はない。
大学に入ってから、なんだかんだ言って頭を悩ませていた事の半分は解決した。
まず一つは、勝彦との関係の(多少の)改善。
そしてもう一つは…………。

「慶彦、行こうか」
「はい、茅野さん」

恋人である茅野さんとこうして同じキャンパスライフを楽しめる事だ。
こんなに嬉しいことは無い。一年ほど離れただけと言えば軽いかもしれないが、その時間は計り知れない。
僕はついつい甘えてしまいそうになるのを耐えながら、程よい距離を保ちつつ愛しい恋人の隣を歩く。
もちろん学年は違うので、会えない時間があるのも事実だけど、それでも同じ場所でサッカーができる事が幸せだ。
そう思えば自然と笑顔が漏れてくるのも間違いじゃないはずだ。
茅野さんが居れば、辛い時間も苦しい時間も愛しく思える。
僕の幸せな時間がまた始まるんだ。

 

「このオメデタ男」
「なんだとっ!?」
「全身から幸せオーラ出しちゃって、キモチワルイんだよねェ」
「どういう意味だよ!?」
「茅野サンの顔見るとニコニコニマニマして、ブッサイクな顔してるの気づいてないの?やめてほしいんだよね。似てなくても双子なんだから、ボクに間違えれたら不名誉だよ」
「ブ……?!」
「そう、ブサイク。超、超、超ブサイク!」

大学から帰宅し、自宅のリビングでの一時。
予習も兼ねてノートを整理していた時にかけられた言葉に、何時もの言い争いが勃発するも今回は毛色が違い、驚きが隠せない。
睨み合う中で漏らされた罵倒にショックが隠せず、思わず自分の両頬を両手で押さえ、呆然とした。
僕、もしかしなくても…茅野さんの前で凄い変な顔しているのでは……?
茅野さんは優しいから、僕が凄い顔してても可愛いって言ってくれる。素敵だと褒めてくれる。
けれど、その愛情に怠けているんじゃないだろうか?
そう思うと今更ながら危機感が出てくる。
呆然とした様子で固まっている僕を見て、勝彦は怪しげにコチラを見たあと、小さくため息をついて、カップに残っていたコーヒーを飲み干した。

「ボクが言った事、そこまで真に受けるんだからよっぽど好きなんだね?茅野サンの事」
「…………」
「おーい、聞いてんの〜?オメデタ男〜?」
「……僕、そんな酷い顔してる?」
「してる、してる!デロデロの顔して超ブス!」
「……かっ、勝彦の馬鹿!!」
「バカはソッチだよ!慶兄のバカ!!」

コイツは捻くれてるけど正直な性分だ。
多分、誤魔化しもなしに僕は酷い顔をしているのだろう。
そう思うと益々危機感を持ってしまい、八つ当たり的に勝彦に言葉を返す。
けれども、勝彦も素直にその言葉を受け入れるわけもなく、すぐ反撃の言葉が帰ってくる。
こうなれば、後は子供の喧嘩だ。ギャンギャン口論した後、母さんに怒られて無理やり終了。
母さんは母さんで、せっかく同じ学校になったのに…と不満を漏らす。
やっぱり、コイツとは仲良くできない!そう思いながら自室に戻り、ベッドに突っ伏した。

「茅野さん、本当は凄いブサイクだな、とか思ってたのかな……?」

いやいや、そんなまさか。
でも、茅野さんと一緒に居られるとやっぱり嬉しくて。
表情筋が緩んでいる自覚はあったけど、まさかそんなに酷い顔してたのかな……。
考えれば考えるほど辛くなってくる。
明日から、いや、今日から。今から気をつけよう。
ちゃんとしゃきっとしないと。ちゃんとして、真面目な顔をしなければ。
……茅野さんには少しでも良い風に見られたい。
付き合い始めたときも、緊張してうまく表情作れない事があったじゃないか。
それと同じだ。意識を、意識をしなければ……。

深呼吸、一つ。

よし、大丈夫。上手くやれる。だって僕は日比野慶彦だから。
とりあえず今日は寝てしまおう!朝練もある事だし。
僕は予習に使っていたノートを鞄へ戻し、明日の身支度と眠るための準備を始めた。

 

「どうした?慶彦。今日はなんだか表情が固いぞ」
「そ、そうです……かね?」
「ああ、なんだか緊張してるみたいだ。何かあったのか?」
「いっ、いえ…別になんでも!」
「そうは見えないが……」
「と、とにかく!大丈夫ですから。あの、授業遅れちゃうんで、これで!」
「おい、慶…!」

練習が終わり、着替えている途中に茅野さんに声をかけられ、とりあえずなんとか表情を作りつつ答える。
やはり不自然極まりない顔に、茅野さんは不思議がって何度も聞いてくるけれど、僕はなんとか誤魔化し、さっさと着替えて逃げるように部室を出た。
あれ以上問い詰められたら、きっと表情が崩れてしまうから。
とにかく、とにかくなんとか、意識を保たないと……!
そう思えば思うほど、茅野さんと顔を合わせるのがなんだか気まずくなってきて、ついつい避けるようになってしまう。
ち、違う。僕は茅野さんに幻滅されないように表情を作ったのに。
こんな風に避けてたらもっと幻滅されてしまう……!
けれども、今の状態で出くわしたら上手く顔が作れない。
……でも、それでも、このままはいけない。いけないのは分かるから。
どうせまた部室やフィールドで会うことになるんだから、避けたってどうしょうもないんだ。
そう考えて、僕は茅野さんを探して教室を出る。
その瞬間、茅野さんとばったり目が合った。

「かっ、茅野さん、何でココに……?」
「まぁ、人を探してたから。見つかったけどね」
「まさか、僕を探して…?」
「正解。ちょっと付き合ってくれ」
「は、はい……」

嬉しいけど、気まずい。
茅野さんが僕を探してくれたことが嬉しい。
これから聞かれる事を思うと気まずい。
二人きりになれる場所、と薄暗い建物の裏側へ移動を終えたあたりで、茅野さんに壁側に追い詰められる。
僕の背はある程度伸びたけど、やっぱり茅野さんには勝てない。やはり威圧感がある。
真剣に見つめてくる茅野さんの瞳から、逃げる事ができない。
お互いに見つめ合う。長い沈黙の後、茅野さんが口を開く。

「何で俺を避けてるんだ?何があった?」
「あの、その」
「ちゃんと理由を話してくれないと、困る。俺、おまえに嫌われるようなことしたかい?」
「そうじゃないんです。そうじゃ……」
「なら、なんで?」

なんて言えば……と思うけど、言わないと誤解が深まる。
誤解されたくない。僕は、茅野さんが好きなんだ。
好きだからこそ、僕は。

「その、僕が笑うと凄いブサイクだって、言われて」
「……は?」
「ぼ、僕が!茅野さんと一緒に居ると、幸せのあまりニヤニヤ笑ってるからそれがブサイクだって!言われたんです!!」
「だ、誰に?」
「…………勝彦に」
「……それで?慶彦はどうしたの?」
「わ、笑わないように、というか、表情崩さないように、こう…意識したり…とか…」
「だから、今日は表情が固かったのか」
「ご、ごめんなさい。誤解させるつもりは……」
「そうか。……とりあえず良かった」

なんとか話し終えた所で、安堵のため息と共に茅野さんは僕を強く抱きしめてくれた。
突然の事で驚きつつも、それを跳ね返せるほど僕は強くない。
自らも腕を回して、茅野さんに強く抱きつく。
あったかい。好きだ、茅野さん。
そう思うと、表情が崩れて、すごく幸せだって思ってしまった。
そして、その顔を見つめる茅野さんの顔も、とっても幸せそうで。

「嫌われたのかと思ったよ」
「むしろ、逆です。…嫌われたくなかったんです。好きだから、嫌われたくなかったんです」
「馬鹿だな。…俺は慶彦のその顔が一番好きだよ。幸せそうに笑ってる顔が一番好きだ」
「でも、ブサイクじゃないですか?ほら、凄い情けない顔してる気が……」
「してないしてない、かわいいよ。世界一」
「せかっ……凄い大きく出ましたね……」
「そりゃあ、惚れた弱みもあるからね」
「もう…………」

茅野さんは何時も真っ直ぐに言葉をくれる。
暖かくて、優しい。そんな言葉に僕はいつも救われてる。
今だってそう。……また、表情が緩むのを感じる。

「けど、思い切り避けられたのは流石に堪えたよ」
「あ……その、それについては……」
「まぁ、理由が分かったことだし、それはまた別の方法で埋め合わせてもらおうかな?」
「あの、茅野さん、どこ触って」
「何処って、ココ」
「待ってください。待ってってば!」
「待たないよ」

腰を抱く手がゆっくりと下へと降りていく。
流石に不味いと思い、僕は抵抗を試みるも、そうはさせないと茅野さんが唇を塞いでくる。
柔らかな唇から漏れる吐息と、伸びる舌の熱に絆されてしまいそうになる。
だめ、だめです、だめ……、と小声で、なんとか止めるよう願うけれど、止まりそうもない。

結局の所、表情だけでなく、身体まで蕩けてしまって、情けないところを隅々まで見られてしまった。
帰りの時、涙目で何度も茅野さんの腕を抓ったけれど、茅野さんは幸せそうにそれを受け入れていたのが余計にムカついた。
馬鹿、ばかばかばか!
でも、幸せだった事に、かわりはなくて。
重い体を引きずって帰ったあと、勝彦と玄関先でかち合った。
暫しの沈黙の後、心底嫌そうな顔で漏らされた言葉に、僕は肩をブルブルと大きく震わせた。

「お前になんか話さないよ!バーカ!」

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